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Oさんの家には、くつろげても緊張感を失わせない何かがある。
生活を楽しみはするけれど、生活臭を漂わさないけじめがある。
バブル崩壊で思いついた土地付一戸建て計画Oさんがこの家を完成させたのは一九九八年十二月。
四十三歳のときだ。
土地は一九九三年に取得した。
土地購入に踏み切ったきっかけは、バブルが崩壊して、土地の価格がみるみるうちに下がっていったことだった。
バブル前に二千三百万円で購入した3DKのマンションと同じ間取りの部屋が、バブル絶頂期は八千万円で売りに出された。
それが七千万、六千万と下がっていくのを目の当たりにしたとき、この勢いで土地の価格も下がっていくのだったらいまがチャンスだと、思い切ってマンションを五千二百万円で売った。
一九九二年のことだ。
それから一年間探して、いまの土地を購入した。
場所は中央線沿線。
駅から十五分ほど歩くが、緑の多い静かな住宅地の中にある。
購入はしたもののすぐに家は建てず、まずはアパートに移った。
「自分一人の家を持つ、というのは思いつきから始まっています。
バブル崩壊がなかったら思いつきもしなかったでしょう。
いわばあぶく銭で土地を購入した時点では、実は家を建てることまでは考えていなかったんです。
もしかすると汗も流さずに土地を取得したことに、うっすらと後ろめたさを感じていたのかもしれません。
家を建てることよりも、まずは自分はどんな暮らしがしたいのかをじっくり考えよう、建てるのは老後でもいいと鷹揚に構えていたのですが、年をとるとローンが借りられなくなると聞いて、ようやく具体的に家づくりに取り組みはじめました。
でも自分の中でのイメージづくりにあてたその四年間は、本当に納得のいく家をつくるための熟成期間だと見なし、アパートの家賃や税金を無駄だとは考えませんでしたね」。
Oさんは公務員である。
現在は保育園で働いているが、長年、障害児のケアにたずさわってきた。
きりっとした印象を与えるが、話していると相手を包み込んでくるようなやさしさがある人だ。
Oさんは「思いつき」だというが、自分の生活を自分でコントロールしたい、自分の空間がほしい、という思いは親元を離れて以来ずっと持ちつづけていた。
関西から大学進学のために上京したOさんは、はじめての夏休みに帰郷して、自分の部屋がほかの兄弟に占拠されていることに愕然としたそうだ。
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